Q.英田先生がキャラクターを作るときに、基にしているものやこだわっていることなどはありますでしょうか。
意外とあまり決めて書きません。なんとなく、そのストーリーに合ったキャラクターを考えるという感じですかね。たとえば『エス』でしたら、椎葉という若い刑事が拳銃の情報収集をするために、裏社会に潜入しているという設定なので、強気だけど孤独な影があるタイプにしよう、とかですね。まずキャラありきというよりは、このストーリーにどのようなキャラクターが合うかを考えます。
アメリカの刑務所を舞台にした『DEAD LOCK』は、最初は主役を白人のアメリカ人同士にしたかったのですが、やはりそれだと読者さんが感情移入しづらいだろうということで、ひとりは日系人にして名前も日本人に馴染みのあるユウトにしました。外見はまったく日本人にして、芯の強い、我慢強い、でも男らしい、そういうキャラクターが刑務所の中で頑張ったら読者さんも応援したくなるのでは、と考えました。
Q.『DEAD LOCK』は刑務所を舞台にしたお話ですが、ストーリーを考えられたときに担当編集の方から反対などはなかったのでしょうか。
ほかの出版社で一度やってみたいとお話ししたら、やはり難しいと断られました。外国人が主役の海外ものは読者さんに敬遠されやすいと言われていて、『DEAD LOCK』の場合はさらに刑務所モノという特殊な設定ですから、編集さんが避けたがるのは当然という気持ちもありました。でもどうしても書きたかったので、そのあとに徳間書店のChara文庫さんに相談したんです。
Charaさんは松岡なつき先生の『FLESH&BLOOD』という、日本人の男の子が大航海時代のイギリスにタイムスリップする大長編を出されていたので、ここだったら執筆させてくれるかもしれないと思ったんです。最初は担当さんもちょっと困っておられるような感じでしたが、いろいろお話ししたら「ではやってみましょう!」ということになりました。ずっと書きたかった刑務所ものを書くことができて、本当に嬉しかったです。
Q.『DEAD LOCK』はここ最近、短編集や10年ぶりの新作が出版されるなど展開が多かったですが、短編集や新作を出すことになったきっかけなどはありますでしょうか。
『DEAD LOCK』を出版しているChara文庫さんは、フェアや全員サービスなどで番外編小冊子をよくつくられます。そういった小冊子に参加したり雑誌で番外編を書いたりしているうちに、10年の間に文庫2冊分の番外編が溜まっていました。番外編の中で話がかなり進んでしまったんですが、全員サービスというのは読者さんが手間をかけて応募してくださるものなので、すぐに文庫化するというのは難しいことでした。
でも新規の読者さんは小冊子を読む手段がありません。「読みたい」という要望がたくさん寄せられて、私もずっと申し訳なく思っていたのですが、やっと一昨年に文庫化できるという話をいただきました。このことは本当に嬉しかったです。今まで書いた番外編を2冊の文庫にまとめることができ、新しい読者さんにも本編終了後の出来事や、キャラクターたちの変化などを把握していただけました。そのことによって、10年ぶりに長編の新作を書くことができたんです。
Q.『神さまには誓わない』は先生の作品には珍しくファンタジー要素のあるお話ですが、このお話を思いついたきっかけをお教えください。
この作品は幻冬舎コミックスのリンクスさんから出していただきました。最初は刑事もののプロットを出したのですが、あまり反応が良くありませんでした。そしたら編集さんから「ファンタジーはどうでしょう」と提案されたんです。リンクスさんはファンタジー作品も多く出されていますので、それも面白いかもと思い、以前に考えていた人間と悪魔が恋をするプロットをお見せしたら、即書くことが決まりました。
悪魔といっても実際は地球に古来より存在する精神生命体で、人間にかかわっていくうちに歴史の中で神や天使や悪魔、いろんな呼ばれ方をするようになった者たちという設定です。寿命を持たない彼らがもし人に恋したらどうなるのか、人の魂が転生し続けるものだとしたら追いかけていくのか、なんていう壮大なテーマを背景にしつつ、普通に恋愛するわけです。
『神さまには誓わない』は前作『ファラウェイ』のスピンオフとして書いた作品です。『ファラウェイ』では人間の視点で書いていましたが、『神さまには誓わない』は悪魔であるアシュトレトの視点で書いたので内面がなかなか見えづらく、悩みながら書いていました。寿命のない精神生命体が人の肉体に入り込んで生活しているんです。そんな不思議な生き物の考え方なんてわからないぞ、と(笑)。
Q.先生がご自身の作品の中で気に入られているキャラクターをお教えください。
選ぶのは難しいのですが、あえて名前を挙げるなら『エス』の篠塚、『DEAD LOCK』のロブ、『ヘヴンノウズ』の渋澤でしょうか。どうも頭のいいキャラクターが好きみたいです。頭がいいキャラを書くときは、卓越した思考を想像しないといけない。普段自分がしない物の見方や考え方を自分に強いるので、新しい発見があったりします。
たとえばロブは犯罪学者で大学の教授という設定です。どのような知識を持っているかはある程度資料で調べればわかりますが、それをいかに小説に混ぜ込ませていくかが難しいです。もともとこのロブ・コナーズというキャラは、主人公のユウトが事件を解決していくためのアシスタントとして考えました。ユウト1人では荷が重すぎる事件だから、犯罪学者であるロブを出せばいろいろなアドバイスができ、事件を解決に導いていけるということで必要なキャラでした。
ロブのパートナーであるヨシュアは、最初は口が達者で生意気な性格の設定だったのですが、どちらもよく喋るタイプだと、読んでいる人も疲れてしまうと思い変更しました。ロブは生涯の伴侶を求めていたので、生意気な性格の子よりは癒されるような子のほうがいいと思って、今のヨシュアになりました。
ヨシュアは作中で一番変化しているキャラだと思います。発展途上の子でしたから、そこは書いていて面白かったです。ロブと恋人同士になってから性格が明るくなって、感情が出るようになりました。小説を書く上でキャラクターの変化は私にとって不可欠です。ずっと同じところに立ち止まっているのではなく、出会いや経験を経て変化していく部分は大事にしたいテーマのひとつです。
『エス』の篠塚は脇役のつもりで書いていましたが、読者さんからの人気が高かったので、篠塚をメインにした話を1本書かなければと思いました。でも警察官僚である篠塚は奥さんを亡くし、孤高に生きながら奥さんの弟である椎葉を見守ってきた男なので、BLキャラとして書くことはできないと思いました。なによりこの人は男と恋愛しないだろうというのがありました。しかしボーイズラブ小説ですから、BL要素も入れなければいけない。そのへんをすごく悩みながら篠塚を主役にした『最果ての空』を書き上げました。
この作品では篠塚の相手となる江波というキャラが出てきます。江波は公安の捜査員で篠塚の部下です。篠塚に想いを寄せますが、篠塚は優しく江波を拒んで結局2人は結ばれません。恋愛にこそ発展しませんでしたが、江波は孤独な篠塚の心の中に果敢に踏み込んでいったので、いい関係性は結べたと思います。一応2人が恋愛に向かう展開も考えていたのですが、すでに『エス』や『デコイ』で篠塚のキャラクターができあがってしまっているので、書き手の勝手で彼を変えられませんでした。
恋愛しないBL小説なんて駄目だろうな、と思いましたが、意外と読者さんからの反応が好評だったので安心しました。読者さんもキャラクターを理解して読んでくださっていることが嬉しかったです。寂しさを抱えて生きていく孤独な男というのも萌えるので、篠塚には警察官僚としてキャリアの階段をてっぺんまで上っていってほしいと思います。
Q.最後の質問となりますが、英田先生がこれから新しくチャレンジしたいことはありますでしょうか?
BLだけではなく、一般の小説も書いていきたいですね。恋愛はBLで書けますが、恋愛要素のないものは一般ジャンルでないと書けませんから。最近、講談社タイガから『サイメシスの迷宮 完璧な死体』という小説が出ました。シリーズの1冊目なのですが、一度記憶したことを忘れられない超記憶症候群の刑事と、その部下の刑事が猟奇殺人事件に挑む警察バディものです。BLとはまた違う面白さを出せたらと思っていますので、ぜひ読んでいただきたいです。